高校三年生

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2008年10月28日(火)

77

「ここが東京やでぇ、でっかいビル一杯あるなぁ」と、中学の修学旅行で来た時に仲間と驚いた記憶があった。

あの時は単なる通過点だったが、今はここが東京かという何かしらの胸の高まりを感じた。

ホームに下りると、一時間に何本の田舎と違い早朝の電車は刻一刻と赤・黄・緑・青が右へ左へと飛ぶように慌しさを増していた。

冷え込みが動作を鈍らせ、ホームに備え付けの水道で顔を洗ったが、余りの冷たさで顔が縮む気がして、歯ブラシも上下十回程で止め口を濯ぐと歯がガタガタ鳴った。

「気持ちええぞぉ、Kよお前も]と終わった者の強みからサッパリ感を見せつけ、この冷たさを味あわさせるために引き摺り込もうと誘った。

「アホかぁ、無理するもんかぁ、俺は叔母さんちに着いてから洗うわぁ」と次郎の一部始終を見ていたKは寒そうな顔を作り誘いに乗らなかった。

「頑張れよぉ」と言う合言葉を残し、仲間は各々乗り換え方面の階段を下り、それぞれの勝負の世界に散った。

一人最後にホームに残った次郎は、灰色のホームの端から端を眺め・三百六十度体を回した。

今この場で自分の名前・住所を叫んでも何らかの形で返って来る気配が無い事を目にした。

東京はコダマが無い味気の無い無味乾燥な荒んだ場所かとふと感じた。

作成者 藤村悟 : 2008年10月28日(火) 10:22

2008年10月13日(月)

76

高校の授業は終わったが、学生服はまだ終わりを告げてはいなかった。

前の晩に用意をしていた下着類と共にバッグに詰め夜行列車の時間が迫る駅に向かった。

改札口を抜け階段を下り地下へ又階段を上るとホームには見慣れた顔があちこちに見られ顔を合わすとお互いニヤケた。

近づき開口一番に出る言葉は差し迫った顔付きをした「何処の大学受けるんやぁ」に尽きた。

後は朝六時に過ぎに到着するが、眠気を誘う暗黒の世界に入るまではここにいない仲間の話となった。

東京駅に近づくにつれて、目覚めの早い仲間と言うより普段でも落ち着きが無い仲間が欠伸をしながら明け始めた都会の風景を眺めていた。

「まもなく30分程で東京に到着します・・」と車内放送がカランコロンと車内に響き渡ると、あちらこちらの三段の寝台のカーテンを開ける音と共に泡がぶくぶくと湧き出す様に車内がざわつきだした。

枕が替わったことや深夜までのお喋りで睡眠不足気味の顔は、どうにでもしろと言うむさ苦しい表情をしている。

次郎は一時間前に目を覚まし乗降口の近くのドア前でタバコを吹かしていた。

次郎の住む町なら駅から五分ほど経つと、見慣れている次郎の目には同じ風景にしか見えないが、海山川畑がすばやく風景を織り成している。

横浜辺りからは家々が同じマッチ箱様に整列し続き変らぬ風景だった。

東京駅近くになると、四角いビルディングが多くなり、その間に吸い込まれるように夜行列車の旅は一巻の終わりとなり速度を落とし止まった。

作成者 藤村悟 : 2008年10月24日(金) 09:36

2008年10月10日(金)

75

淡い恋心を感じた端境期自ら作ったであろう柵を乗り越えることが出来なかった。

 

只管時のいたずらに期待しつつも時は訪れず、時に身を委ねる恋もあると悟りきった愚かなうら若き恋、秘めた儘に来たが、きっと何時の日にか後悔と言う名の下に清算されなければならないであろう。

 

女性人は一通りの挨拶を先生に交わし、先生は教壇に積み重ねられた答案用紙を腕に抱えて去って行った。

 

もうセーラー服姿の敵を明日からは見ることができないと思うと、自分がこの教室から先に出ることより敵の後姿を見送ろうと思った。

 

次第に黒い制服・紺のセーラー服が少なくなり冬の寒々とした教室に戻りつつある。

 

「それじゃ卒業式に」という声を残し女性達はこの教室から消えた。

 

次郎は終わったと言う言葉を心の底で感じると心に空洞を感じ頭の中は白くなった。

 

別に空しさ・悲しさ・情けなさ等目頭が熱くなる様な、胸が痛くなる様な気持ちは溢れてこなかった。

 

教室の窓際へ行き、窓を突き抜けて入る冬の日差しを顔全体に浴びるように受け、目を開けて見たが眩しくは無かった。

 

去り際の一瞬に、後ろ向きの女性達の姿にあって、さりげなく敵が流し目で次郎の方を見た・・次郎は最後の敵の瞳をしっかりと捉えた。

 

見送る者の次郎にはあの名残惜しそうな瞳が無かったなら、心に残る敵ではなく、いとも味気ない高三の終わりだったろう、敵は最後まで次郎の姿を見捨てなかった。

 

次郎は敵に自分の存在を記憶に暫くの間留めてほしと思った、否、願わくばこの先留めて置いてほしいと思った。

 

 

次第に仲間達が大学受験のために故郷を旅立ち始めた。

作成者 藤村悟 : 2008年10月10日(金) 02:22

2008年10月7日(火)

74

或るテストのときは試験開始と同時に白紙のまま提出し、先生の停止を聞き入れずに教室を出て仲間の笑いを誘った事。

 

英語の弱い仲間と正々堂々と答案用紙を交換し、先生にバレても悪びれることなく落とした答案用紙を拾ってあげたと、先生にしょうがない奴らと言う面をさせた事。

 

虎の巻を机の上に並べて写しているところを見つけられても、通信簿2でいいからと先生に怒る意欲をなくさせた事等が蘇ってきた。

 

 

先生の抑え気味の靴音が次郎の机の横に来て立ち止まり、白い答案用紙の名前の部分を指差しここだけは書くようにと口元を緩めた。

 

次郎は鉛筆を力一杯握り、名前の下に(さようなら新宮高校)と自らの感情に沿う文字を綴り、高校生活最後の白紙答案らしきものを書いた。

 

先生は見届け頷きながら、次郎の肩を軽く叩いて、別れを告げるように教壇に足を向け背中を見せ去った。

 

暫くして最終のベルが鳴り、息を吹き返した仲間の声が聞こえてきた。

 

「終わったなぁ」

「あぁ、自由になれるなぁ」等の喜びに似た声。

「受験があるぜぇ」

「嫌なもんが待ってるぜぇ」の弱気や面倒臭さを漂わせるような声。

 

答案用紙が教壇の机の上に束ねられ、先生が持ち去ってゆく姿に二度とこの教室で授業は受けられないこと思い知らされた。

 

残酷な時と言えば残酷、気楽になったと言えば気楽・・・・

クラスメート誰一人教室から出る気配が無い・・・

新たなる再会ために、これまで以上に顔を見詰めたり、これまで以上に多くの言葉を交わしたり、

次々と話し相手を入れ替えたり・・・・・。

次郎は教室の前で語り合うセーラー服の一つの塊の中に敵の背中を見いだした・・・・・・

物悲しく見える程に・・清楚に・・・・

作成者 藤村悟 : 2008年10月7日(火) 14:45

73

最後の試験の日が終に来た。

待ち望んだわけでもないのに強引に来た。

ケジメを付けさせる為に否応無く来た。

高校三年生よ早く出てゆけ新入生のためにもと言うように終に来た。

教室に入るといつもの変わらない顔があった。

 

お喋りな女のグループはいつもと同じ、北側の席の奴等は椅子に座って冷えを柔らげるために太腿を摩っている。

 

次郎は時間ぎりぎりに四十数人を眺めるようにして最後列の椅子に腰を下ろした。

 

先生が教室に入ってくるや否やテスト用紙を配るように前列の仲間に渡した。

 

テスト用紙を配られて見つめ始めると静寂が訪れた。

 

先生は教壇の椅子に腰掛けると、いつもなら何らかの手持ちの本を読むが、今日の視線は灯台の明かりが海を照らしさ左右に動く様に生徒の頭・姿を嘗め回している。

 

教室内は中間テストの問題に挑戦している人いきれではなく、水を打ったように静まり返っている。

 

普段のテストの様な、諦めの溜め息は出ず、鉛筆の走る音さえ聞こえず、首を傾げ考え込む様子でもなく、姿勢を正す身動きさえ見られ無い。

 

まともに息をして生存しているかと疑いたくなるほどに沈黙状態は続いている。

 

次郎は皆それぞれの思いでこの帰らぬ時間を送っているのだなぁと、黒い制服・紺のセーラ服の山を見て思った。

 

次郎は沈黙の時が深く長くなるにつれて、白きテスト用紙を眺めて思いに耽った。

 

作成者 藤村悟 : 2008年10月7日(火) 13:49

72

「あばよ」

 

「あばよ」と言うぞんざいな挨拶を交わし、Fは登坂方面にペダルを立ち漕ぎして勢いを付け去った。

 

Fの後姿を見て、故郷の再発見なのか、新しい何かを捜し求めている飢えた肉食獣に思えた。

 

次郎はFと自分の感情が正反対な熊野川から流れてくる風を頬ににしんみりと感じた。

 

次郎の心の中には思い出を刻んだこの町、思い出をくれたこの町に、例え様の無い表現、筆舌に尽くし難い深い憂愁が漂っていた。

 

もう二度とこの町で思い出作りは無い、刻み込まれる足跡が無い、空白の季節が訪れるだろうと、将来から眺めるもう一人の自分が先々にいた。

 

それはこの端境期に至って、何気なく戯れた日々が後ろ髪を引かれるほどに愛着を帯びて、一ページ一ページ捲られて行き、一冊の日記として閉じなければならないからである。

 

二度と認める筆は磨り減り、付け加えるにはページは無く、ひもとくには切なさが消える時の流れが必要だと思った。

作成者 藤村悟 : 2008年10月7日(火) 12:49

2008年10月4日(土)

71

帰路はペダルをゆっくり漕ぎながら、ゆったりと流れ行く家々・畑・川等眺める余裕があった。

急ぐほどの必要も無かったが、往路では目にとまらなかった光景が新鮮な感じで入ってきた。

一月も終わりに近づこうと言うのに、所々の家の玄関には正月に飾った不浄なものの侵入を禁ずる印の注連縄が、役目を終えたのにぶら下がっている。

これ以上萎む事はないダイダイが擦れ違う車のフロントに風の抵抗に負けじとへばり付いている。

誰も暦通りの日常生活を生真面目に送ってはいない、ただ慣わしに備えることはしても終わればいい加減だと思った。

次郎は季節は人間が作るものではない自然が作るもの、卒業と言う区切りも必要ではないのでないかぁ、自由に出たり入ったりすることに昔の人は何故考えなかったのかと、今の自分の立場のやるせなさからそう思った。

県境の大橋の中央部分辺りに来た時、十メートル先を行くFが自転車を急停止させた。

熊野川の上流から下流を見渡しながら、風の匂いでも感じ取っているのか、やけに真面目な顔付きをした。

「次郎、この町一体どういう町何やぁ、お前、うろちょろしてるから俺らよりも詳しいやろけど、町の全体図と言うか、新宮を知りたくなったなぁ」とFは行動範囲が狭かったとは言え、彼なりにこの町に刻み込んだ思い出を振り返りたくなったのか、愛おしき故郷新宮と言う表情をした。

「Fよ、ほんなら東京へ行くまでに自転車で回るかぁ、俺がこの町を教えたるさかいに、懐かしい昔話も交えて、仰山あるでぇ、お前の知らんとこ」

「偉そうに言うなぁ、先公面して、まぁ、頼むわぁ」

「そしたら、そん時に、電話くれぇ」

「解った」

作成者 藤村悟 : 2008年10月7日(火) 12:44

2008年10月3日(金)

70

「次郎、好きな女いるなら、ハッキリさせた方がええぞぉ、もう高校終わりやさかい、恥掻いても顔を合わすことも無いぞぉ」と一理はあるが、次郎は果てしなく広がりを持つ熊野灘の打ち寄せる波の浜辺に敵に対する思慕を思い出と残してもいいと思った。

だから、些細な恋らしき感情に縛られていたFの一言一言に返答したり、抵抗したりする気は毛頭無かった。

「なぁ次郎、もうここへ来ることも無いなぁ」

「あぁ、今日が最後だから腹一杯、旨い空気吸い込んで置けよぉ」

「海はええなぁ、スカッとするなぁ」と煮え切らなかった気持ちを晴らすような言葉だが、声にはハリが無く負け惜しみに聞こえた。

「海は夏より冬がええなぁ」と根拠は解らなくもないが、敢えて聞くのは野暮と思い、横顔見ると自分自身で傷ついた跡を舐めている様だった。

「自然は何でええんやろう」と別に自然の存在価値など追求する気は無く、身も心も何処か遠くへ置きたい様に見えた。

「自然は偉大なる存在だよぉ」と言うとFは拍子抜けしたのかクスッと笑った。

「何やぁ、格好つけて、詩人かぁ」と興醒めする甲高い声を出して笑い出した。

「いやぁ、ちゃうよぉ、まぁ・・待てよぉ」と次郎は格好ええと言われ、冷やかされ半分のテレを隠すために取り繕った。

「自然は人間を包んでいる主人で俺等は奴隷であると言うかぁ、心持ち一つで自由にしてくれるというかぁ・・・なんてゆうかぁ・・・」と次郎は柄にも無い漢字の文字で表現する事をなるべく避けて、ひらがな文字を連ねて説明しようと葛藤した。

「ふ〜ん」とFは首を傾け、次郎の言葉足らずに納得する様な、いない様などっちつかずの表情を浮かべた。

「偉大かぁ、偉大ねぇ、この偉大なやろう」と足元の小石を拾って水平線に届けと言わんばかりに右手に力を入れて投げた。

Fは暫く投球ホームを崩さず小石の軌跡を追っていたが、その小石が描く放物線は低く・短く・音も立てずに・波間そして海底に姿を消した。

「次郎帰ろうかぁ」

「おぅ」と次郎は見慣れた風景だが、未だ去りがたい気持ちが残っていた。

しかし、今日はFの感情の赴くに任せ、指示に従うのが友達の情けと思い松林の放り投げている自転車に向かった。

作成者 藤村悟 : 2008年10月3日(金) 22:17

2008年10月1日(水)

69

[次郎、俺が振られたこと誰にも喋るなぁ」とFは他人に失恋話を語った事を後悔しているのか口止めを要求してきた。

「俺そんな男じゃないよぉ」と答えたものの、内心誰がFの失恋話に耳を傾けるものかぁと思った。

Fは小石を拾っては穏やかな波間に投げ、休むことなく小石を拾いより遠くへ投げ続けている。

同じ行為を意地になりつつ、繰り返し、動作が大きくなり、更に助走を付けより遠くの波間へ、その口元はチクショという怒りを込めている様である。

ふぅ〜と溜め息を付くと気が済んだのか、振り返り少し息切れ気味の表情をし、流れる汗も出てないが額を拭った。

冬の海はFがどんなに感情を込めて足掻いても無情と言うか寄せる波も白波は立たず静まり返っている。

「俺なんで振られたのかなぁ」と諦め切れない言葉を投げ掛けて来た。

「知るもんかぁ、女に聞け」と次郎は付き合いきれない言葉で返答した。

「顔かなぁ・・・頭かぁ・・・スタイルかぁ・・・」と又もや一つづつ石を掴んでは言葉に合わせて一つづつ力一杯投げた。

「全部やろぉ」と次郎は水平線の彼方にFの失恋を葬り去るように答えた。

「そうかなぁ」と反発する気力もなく、今度は数個の小石を手で掴み一斉に投げた。

意思のない数個の小石は方向を与えられずに好き勝手に乱れ飛び、海面に哀れむ様な静かな飛沫を立ていた。

「あの女、好きな男いるのかなぁ、そんなら仕方ないがぁ」と一見ヤケクソな心を表す言葉だが、真の答えを求めるのではなく、心の拠り所を何処かに救いを求め探してる感じである。          「友達としてなら付き合っても、そんはしないのに」と女のケチ性格を嘆いている。

作成者 藤村悟 : 2008年10月1日(水) 13:07
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