2008年6月16日(月)
ロ短調ミサ〜第3の道を往く
世間の圧倒的大多数の人々にとって関心のない、しかも人の心を暗くしてしまうBayStarsネタが、当ブログの最近記事では拙いということで、何か書き込まねば・・・。
そうそう、今朝観た2本のDVDのことでも書くとするか。
その2本とは、いずれも、本番指揮を間近に控えたバッハ「ロ短調ミサ」の映像である。1本目はビラー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管&聖トーマス教会合唱団のライヴ。もう1本は、カール・リヒター指揮ミュンヘン・バッハ管&合唱団の映像用のセッション。
ビラーについては、本年3月の来日公演での素晴らしい演奏の記憶が新しい。バッハ演奏の伝統を誇る老舗ながら、ビラーはピリオド楽器奏法をかなり勉強しており、あのゲヴァントハウス管の面々が、古楽器的な奏法で統一されている。この辺り、ギュンター・ラミン以来の人間的な深い感動を求めると肩すかしを喰らってしまうが、その汚れのない演奏には多くの学ぶべき点があった。
リヒターは、そのラミンの愛弟子。東側のライプツィヒに留まる道を捨て、西側のミュンヘンで彼の王国をつくったわけが、その音楽的な心は、ビラー以上にラミンを受け継いでいるということがよく分かる。
リヒターの演奏を久しぶりに観て(聴いて)、「うーん、こんなにテンポが遅かったのか」と驚かされる場面に何度も遭遇した。しかも、フルートとオーボエ・ダモーレは基本的に倍管、つまり1パート2人ずつの4人での演奏というから、なんだか朝比奈先生のブラームス演奏を思い出してしまう。
溢れ出る濃厚なロマン的表現に、今となっては「引いて」しまう瞬間はあるものの、しかし古楽器的なビラーが素通りしていった人間的な感動があり、思わず引き込まれてしまう場面もあった。
また、当然ながら両者の指揮法もだいぶ違っている。リヒターの指揮法については、「これほど力強いアウフタクトを振れる指揮者はクナッパーツブッシュ以来」と評価する者もあったということからも分かるように、ドイツ風の厳格なもの。この無骨さと力強さに、大いに憧れつつも、真似をするのは難しいだろうな、と思った。一方、ビラーの指揮は、実に打点のはっきりした指揮。明快なことこの上ないが、微妙なニュアンスには足りない部分があるかな、と思わせる。
では、私は、どうするべきか。当然ながら、両者とは違う第三の道を往くほかない。部分的にはビラーの明快さ(私の指揮法に足りない点)を、全曲にわたりリヒターの精神性を求めながらも、古楽的でもない、ロマン的でもない演奏を繰り広げたいと思っている。これが、どこまで達成できるか、日々の精進にかかっている。


